生体情報処理の理論生物学:小林徹也

確率生体現象の数理と物理

細胞はすべての多細胞生物の構成要素であり、またすべての細胞とその機能は化学反応で実現されます。 細胞という微小環境に閉じ込められた、少数だが多種の分子群は極めて特徴的な挙動を示します。 本テーマでは、確率論に基づく細胞化学反応系の数理理論の構築と、定量データを用いた理論の検証を通して、 細胞レベルの現象をどのように記述したら良いのか? 分子の少数性と多種性は細胞機能にどのような影響を持つのか? 少数分子からなる平衡・非平衡系を制約する物理法則は何か? といった問題をあつかっています。

生体情報処理の数理理論

生体システムは個体から細胞まで積極的に環境の情報を取得・処理し、運動・状態変化などの応答を決定します。 しかし、ミクロな細胞を構成する化学反応は極めて確率的でノイジーです。 ノイジーな化学反応を用いてどのように細胞は情報を扱い、そして情報をどう活用しているのか。その原理は明らかでありません。 我々は情報理論や情報熱力学をベースとして、動的に変化する環境の認識や探索に関する数理理論の構築を行っています。 またそれを定量的な計測と組み合わせて、生体情報処理を情報の観点から理解することを探求しています。

進化と適応の統一理論

生体システムは確率的に変動する環境に柔軟に適応する能力を有します。 自然選択に基づくダーウィン進化は、環境適応の基本メカニズムの一つであり、生体は集団内に遺伝型・表現型の多様性を生成することで、未知の環境変動へのリスクを分散し、生存確率や適応度を高めます。 一方で、生体システムは環境を積極的に感知・予測し、事前に適応的な状態を選択することのできる脳の様な器官を発達させてきました。 この2つの適応機構はどのように関連しているのでしょうか? 我々はダーウィン的自然選択と予測的情報処理に共通する情報論的変分構造を用いて、この2つの適応機構を理論的に統合し、 生物に適応関する統一理論の構築とその応用に取り組んでいます。

定量細胞生物学

大腸菌、酵母、細胞性粘菌、培養細胞などの単細胞生物は、生命システムにおける定量的な法則を見出すためのよいモデルシステムです。 様々な実験研究者と協力することで、多様な定量データに様々な数理・データ解析手法を組み合わせ、新たな法則の発見に取り組んでいます。 特に我々は、1細胞レベルでの振る舞いと細胞ごとの確率性・多様性の結果として、どのように細胞集団の挙動や機能が実現しているか?に着目して研究を進めています。

生体の多元混合化学情報処理の定量生物学

細胞から個体まで、生体は様々な環境情報や生体内部の複雑な化学物質の混合とその動態によって認識します。化学物質の組み合わせによって多様な情報がコードされ、その情報が認識されるメカニズムは未だ明らかではありません。我々は生体の中でも特に多様な化学情報を扱う免疫系そして嗅覚系などに焦点を当て取り組んでいます。また情報学においても、生体化学情報処理は画像情報(視覚)・音声情報(聴覚)に続く、第三しかし未踏な対象です。我々は新たな数理理論と情報技術を開発することでこの問題の解決を目指しています。

電気の回廊