究極のシリコン集積ナノデバイス:平本俊郎

究極のトランジスタ構造:シリコンナノワイヤトランジスタ

大規模集積回路チップには10億個を超える微細MOSトランジスタが集積されており,その構造はバルクプレーナー構造からFinFETへと変化しました.さらに微細化を進めるためには,ゲートがチャネルを完全に覆ったゲートオールアラウンド(GAA)型のナノワイヤトランジスタ構造になると予測されており,開発競争が繰り広げられています.当研究室は,1990年代後半に世界に先駆けてシリコンナノワイヤトランジスタの可能性に着目し,量子閉じ込め効果等がしきい値電圧に与える影響を世界で初めて実証しました.さらに,特定のワイヤ幅ではキャリア移動度がユニバーサル移動度を超えることや,量子閉じ込め効果というナノワイヤトランジスタ特有の原因とワイヤ幅揺らぎにより特性ばらつきが増大してしまうことを実験で示しました.最近では,量子コンピュータ応用に向けて低温におけるトランジスタ特性の研究を進めています.当研究室は,線幅5nm程度のシリコンナノワイヤを実際に試作することができる世界でも数少ない研究室の一つです.

シリコン単電子トランジスタと量子ビット

シリコンナノワイヤトランジスタは,大規模集積回路応用だけでなく,新原理で動作するいわゆるBeyond CMOSデバイスとしても有望です.当研究室では,シリコンナノワイヤを利用してごく微小なシリコン量子ドットを作製し,ドット中に存在する電子数を1個単位で制御することのできるシリコン単電子トランジスタの研究を長年行ってきました.単電子トランジスタは非常に感度の高い電荷センサとして働きます.一方,シリコン量子ドットは,量子コンピュータ向けの量子ビットとしても有望です.2つのシリコン量子ドットを隣接させ,一方を量子ビット,他方を電荷センサ非常に感度の高い電荷センサとして用いることで,量子状態の制御および読み出しが可能となります.当研究室では,積層Si層を用いた量子ビットの集積化の提案を行っています.

シリコンパワーデバイスの新展開

パワートランジスタは,大電力のスイッチングを行うデバイスで,パワーエレクロニクスのキーデバイスです.最近では,SiCやGaNなどのワイドバンドギャップ材料を用いたパワーデバイスの研究開発が活況を呈していますが,2019年の世界市場をみると,金額ベースでシリコンパワーデバイスは依然として約97%を占めています.特にIGBTと呼ばれる絶縁ゲートバイポーラトランジスタは,定格電圧650Vから6500Vまでの応用分野で広く用いられており,また我が国が産業競争力を保持している分野です.一般にシリコンIGBTは性能が飽和傾向にあり,これ以上の性能向上が難しいと言われていますが,当研究室は,「スケーリングIGBT」という新しいコンセプトにより,シリコンIGBTの性能を高めることができることを実験で示しました.このコンセプトではゲートドライブ電圧も従来の15Vから5Vにスケールされるので,ディジタルCMOS回路の適用が可能となり,パワーエレクロニクスのAI化・インテリジェント化に寄与するものと期待されています.さらに,「両面ゲートIGBT」という新構造の適用により,より一層の性能向上が可能であることを実証しました.当研究室では,定格電圧3300VのIGBTを実際に試作することができます.

Extended CMOSのコンセプト

従来のCMOSトランジスタの動作原理と異なり,新しい物理現象やナノ構造特有の性質を利用して動作するデバイスは,一般にBeyond CMOSと呼ばれ,新機能発現や高速・超低消費電力デバイスとして期待されています.当研究室では,Beyond CMOSがCMOS置き換えを狙っていた2000年代から,Beyond CMOSのCMOS置き換えは困難であるとの認識にたち,Beyond CMOSはCMOSと融合してCMOSの不得意分野をカバーすべきとする”Extended CMOS”のコンセプトを提唱してきました.その考え方は,国際半導体技術ロードマップ(ITRS)に採用され,下図はITRSにも掲載されています.当研究室は,このコンセプトに基づいて,集積デバイスの研究を遂行するとともに,将来の集積エレクトロニクスの方向性について発信を続けています.

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