ナノプローブで探るナノメートルの世界 〜目に見えないものを「見る」〜:高橋琢二

太陽電池材料の多角的評価

太陽電池では、高性能と低コストの両立が求められている。基板の作製コストの面では多結晶材料や微結晶材料に優位性があるものの、それらの結晶が必然的に内包する結晶粒界(異なる結晶粒間の境界面)では光励起キャリアの再結合が促進されてしまう可能性などがあることから、結晶粒界の振る舞いを微視的に観測して明らかにすることが重要である。そのような目的には、我々が開拓しているナノプローブによるナノ計測技術が極めて有用である。
試料の局所的な表面電位を計測できるケルビンプローブフォース顕微鏡(KFM)において、光照射下で動作する測定系を構築することによって、局所的な光起電力測定を実現している。この手法を適用することにより、多結晶シリコン系やCu(In,Ga)Se2[CIGS]などの化合物半導体系の太陽電池材料について、それらの光起電力特性や少数キャリアの寿命、拡散長、移動度などの諸物性を多角的に評価する研究を進めている。特に、CIGS系材料は、太陽電池材料としての高いポテンシャルが確認されている一方で、マイクロメートル径程度の微結晶の集合体であるために、その結晶粒界の振る舞いなどの材料物性には未解明な点が多く残されていることから、ナノプローブによる局所的な計測によってそれらを明らかにすることで、さらなる特性の改善への道を拓くことを目指している。

一方、太陽電池において、光で励起されたキャリア(電子と正孔)が無輻射で再結合してしまうと、電気的なエネルギーを外部に取り出すことができず、性能が低下してしまう。このような無輻射再結合では熱を放出することから、光照射に伴う試料の微小な熱膨張量を原子間力顕微鏡(AFM)で計測する光熱モードAFM(PT-AFM)を開発し、CIGS系材料等における結晶粒界と光励起キャリアの無輻射再結合との関連性などを微視的に解明する研究を進めている。

新規ナノプローブ手法の開発

導電性探針を利用したAFMでは、試料−探針間に電圧を印加した際に生じる静電引力を計測できる。この静電引力信号を元にして、試料表面近傍の空乏化現象や表面電位分布等の観測が可能となる。特に、異なる周波数を持った交流電圧を複数同時に印加し、静電引力の高次周波数成分を抽出することによって、空乏化現象の詳細な検討を可能にする新規手法の開発などを進めている。

また、ナノプローブ系では、非常に高い空間分解能が達成されている反面、通常はプローブの位置を常にフィードバック制御し続ける必要があるため、その動作速度が遅く、観測のスループットが低いという欠点を持っている。このような欠点を克服して高速な画像獲得を可能にするために、探針の変位量をサンプル・ホールド回路によって逐次取り込む新しいデータ獲得モードを提案し、通常モードと比べて約30倍の高速での走査を実現するなど、ナノプローブ系をより便利に使えるツールとすることにも取り組んでいる。

カーボンナノチューブFETチャネルの動作解析

カーボンナノチューブ(CNT)は、理想的には純粋な一次元伝導体となるため、CNTを電界効果トランジスタ(FET)のチャネルとすることで高い性能が実現される可能性がある。高速動作が期待されるマルチチャネル型CNT-FETにおいては、CNTチャネルごとの特性の均一さの解明が一つの課題となっている。我々は、高空間分解能を有する磁場センサである磁気力顕微鏡(MFM)による電流誘起磁場の観測を通じて電流を定量評価する手法を開発しており、その手法を適用することで、複数のCNTチャネルから任意の一本を選択して、その動作を解析することに成功した。

量子ナノ構造の物性解明

我々が独自に開発した光照射STM法を用いて、単一のInAs細線構造における光吸収特性などの光学的物性の解析を行っている。また、AFMによる静電引力検出法やその静電引力を利用したKFM表面電位計測手法について、静電引力に対する感度が向上するサンプリング法や、電位決定の空間分解能が向上する間欠バイアス法を提案して、、測定精度や確度の向上を実現した上で、それらの手法を用いて単一のInAs量子ドットへの電荷蓄積効果などの検証を行った。

電気の回廊