神経模倣システム:河野崇

脳互換AI

脳と同じ原理で動作する脳互換AIの実現に向けた基礎技術として、シリコン神経ネットワークの研究を進めています。シリコン神経ネットワークは、電子回路版神経細胞(シリコンニューロン)、電子回路版シナプス(シリコンシナプス)を組み合わせた電子回路版脳神経ネットワークで、脳神経ネットワークの電気活動をリアルタイム(またはそれ以上の速度)で再現します。脳神経系を模倣することによって、脳と同様、大量の複雑なデータから重要な情報のみ瞬時に抜き出し、能動的に処理することのできる次世代AIの実現を目指すアプローチですが、それと同時に、人工的な脳神経ネットワークとしてブレイン・マシン・インターフェース(脳機械インターフェース:BMI)や神経補綴のためのデバイスとしても期待されています。私達の研究室の最終目標は、シリコン神経ネットワークによって脳と同等の思考機械を実現することです。このためには、省電力で大規模なシリコン神経ネットワーク回路を実現するための技術と、脳神経ネットワークにおける神経スパイクを用いた情報処理の詳細モデルが必要です。私達の研究室では非線形数学の技術を活用し、これらの難題に取り組んでいます。

アナログシリコン神経ネットワーク

アナログ回路では、電子デバイスの物理特性を利用して神経モデルの微分方程式を解くことができます。例えば、電流をキャパシタに蓄積することで積分の演算を直接的に実行したり、神経モデルに頻出するシグモイド関数を差動対回路の入出力特性を用いて実現したりすることができます。デジタル回路実装やコンピュータシミュレーションに比べて大幅に少ないトランジスタで実現でき、また脳神経系の電気的活動と同等の時間スケール(ミリ秒程度)の動作でよいため、非常に微小な電流ですみます。既に、100 pWから10 nW程度で動作する神経細胞回路が提案されています。アナログ回路では物理ノイズを考える必要がありますが、脳神経ネットワークが熱ノイズやチャネルノイズなどの影響下で効率よく情報処理を行っていることを考えると、障害ではなく利点といえます。問題となるのは、集積回路の製造過程でトランジスタの特性にばらつきが出てきてしまう点にあります。私達の研究室では、非線形数学による定性的神経モデリングを用い、脳に存在する様々な神経活動の本質をシンプルな回路で再現できる超低電力回路(7 nW程度)を実現しています。この回路のさらなる改良による低電力化、アナログメモリなど大規模化のための技術、目製造ばらつきの影響を補正して目的の神経活動を再現するためのバイアス電圧値自動探索アルゴリズムの研究を進めています。

デジタルシリコン神経ネットワーク

デジタル回路は集積回路製造時に発生するトランジスタの特性ばらつきの影響を受けにくいため、大規模集積回路の実現に適しています。このため、GPUや専用のデジタル集積回路を用いることで、深層学習などの超並列計算を高速、低電力で実行することができます。シリコン神経ネットワークの分野でも、100万ニューロンを100mW未満の電力で実装したIBMのTrueNorthチップなどが発表されています。アナログ回路に比べれば消費電力が高いものの、ソフトウェアシミュレーションに比べると非常に省電力です。デジタル回路によるシリコン神経ネットワークは、比較的低電力で大規模化が容易であるという点にアドバンテージがあります。FPGAは、ユーザが回路を作り込むことのできるデジタル回路チップで、専用チップに比べると電力効率は落ちますが、実装の柔軟性とコストの面で有利です。私達の研究室では、1つのFPGAチップに2000ニューロン以上を集積できるシリコン神経ネットワークプラットフォームを構築しています。シナプス数がボトルネックなので、ネットワークの構造によってはさらに大規模なネットワークを実現できます。このプラットフォーム上で、全結合ネットワークによる自己想起型連想記憶や、側方抑制を持つ単層フィードフォワードネットワークによるスパイクパターン認識などを実現し、「構築による解析」のアプローチで脳神経ネットワークにおける情報処理原理の解明に挑んでいます。このプラットフォームの改良に加え、複数のFPGAやPC、アナログシリコン神経ネットワークチップをシームレスに接続できるバスの研究を進めています。

電気の回廊